名古屋地方裁判所 昭和23年(行)3号 判決 1948年11月24日
原告
水野淸一
被告
愛知縣知事
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
請求の趣旨
被告が愛知縣東春日井郡守山町大字小幡字昭和九十七番畑五畝十九歩に対してなした昭和二十二年十二月二日附農地買收処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、請求原因として、被告は、訴外愛知縣東春日井郡守山町農地委員会(以下單に町農地委員会という)が原告所有の前記土地に対して定めた農地買收計画にもとずき、昭和二十三年七月中頃農地買收令書(昭和二十二年十二月二日附)を原告に交付して右土地の買收処分をした。然しながらこの買收処分の基礎となつた町農地委員会の買收計画は次の理由により違法である。即ち原告は昭和九年六月に本件土地の所有権を取得し、その直後に現地を見に行つた際、現耕作者訴外梅村留三郞がこれを耕作していることを知つたので、その時梅村に対し、無断耕作の不法を詰るとともに、今後原告において必要があるときは、何時でもこの土地を返えすように申渡しておいた。その後昭和二十二年三月頃、原告は梅村に耕作差止めの通知をしたところ梅村は、何時でも返還するが、なるべく麥の收穫をした後にして欲しい、という返事であつた。このように梅村は本件土地を無断で耕作し、原告はこれをやむなく默過していたにすぎないのであつて、梅村との間に賃貸借使用貸借等何等の契約も成立していないから、右土地は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称す)第二條に規定する小作地ではない。しかるに町農地委員会がこれを同條にいわゆる小作地として買收計画を定めたのは違法である。又、本件土地は名古屋市の外廓地帶にあり從て新市街地建設の爲に利用するを相当とし、純然たる農地とはいえず、これを農地として買收計画をたてることは失当であるから、この点からしても右買收計画は違法である。しかして被告は、このような町農地委員会が定めた違法な買收計画にもとずいて本件土地に対する買收処分をしたのであるから、この買收処分自体もまた違法であるといわねばならない。そこで原告はこの違法な農地買收処分の取消を求めるため、本訴を提起した次第である。と陳述し、立証として甲第一、二号証を提出し、証人水野志げの証言を援用した。
被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として原告の主張事実中被告が曩に町農地委員会が原告所有の本件土地に対して爲した買收計画に基き原告に対し昭和二十二年十二月二日附買收令書を交付して買收処分を爲した事(但し右令書交付の日時は昭和二十三年三月八日以後であるが原告主張の同年七月中頃である事は不知)及び訴外梅村留三郞が本件土地を耕作していることは認めるがその他の事実は之を否認する。原告は、町農地委員会が定めた農地買收計画の違法を理由として、被告の買收処分の取消を求めているが、右買收計画は原告から異議或いは訴願の申立なくすでに愛知縣農地委員会の承認を経て確定してしまつたのであるから、もはやこの買收計画の違法を理由として、買收処分の取消を求めることは出來ない。何んとならば、若し買收計画に対し異議、訴願の申立をしなかつたものが後日買收計画の違法を理由として買收処分の取消を訴求する事が出來るとすれば、異議訴願の段階を飛躍して買收計画の違法を爭い得る事になり、異議或ひは訴願に依る不服申立を許した事は無意味となるからである。
かりに買收計画の違法を理由として買收処分の取消を求めることが許されるとしても、町農地委員会の本件買收計画には、原告主張のような違法はない、即ち、訴外梅村は本件土地を昭和十一年頃より耕作しているのであつて原告との間には賃貸借か、或いは少くとも使用貸借の関係が成立しているから、本件土地は自創法第二條に規定する小作地に該当するし、又本件土地の地目現況ともに畑であつてそれが農地でないというのは理由のないことであるから、町農地委員会がこれにつき買收計画を定めたことは少しも違法ではない。したがつて本件買收計画には原告主張のような違法はなく買收処分もまた適法であるからいずれにしても原告の主張は正当でない、と陳述し、甲第一号証の成立を認め、甲第二号証が葉書であることは認めるが内容は不知と答えた。
理由
原告所有の本件土地に対して町農地委員会が農地買收計画を定め、被告がこれにもとずいて原告に対し少くとも昭和二十三年三月八日以後買收令書を交付して買收処分を爲したことは、当事者間に爭いがない而してまず被告はすでに確定した買收計画の違法を理由として買收処分の取消を求めることはできないと主張するけれども、本來買收計画と買收処分とは別個独立の行政処分であるから、買收計画に対してすでに不服申立の方法を失つた後においてもなお買收計画の違法を理由として買收処分に対して、訴を以つて、その取消を求めることは妨げなく、一方、買收処分の基礎たる買收計画に違法があれば、それにもとずいてなされる買收処分自体をも違法ならしめるものであるから買收処分を受けた者がその取消を訴求する前提として買收処分の違法を主張し当該買收処分の取消を求める事は少しも差支えない。そもそも訴願(廣く一定の行政廳に一定の形式手続によつて、その再審査を請求する総ての行爲を謂う意味)制度はこれによつて或る行政処分を爲した行政廳に再考を促し、当該行政処分を是正する機会を與えんとするものであつて、殊更に國民の司法権による権利保護の途を制限乃至は拒否する事を目的とするものではない。(行政事件訴訟特例法第二條に所謂訴願前置主義も國民の訴提起の機会を極力失はしめんとする趣旨の規定ではなく、問題の解決を一應行政廳の自主的処置に委ねようとするものである)農地買收計画に対する異議訴願と雖も亦この例外に属するものではないから、原告が本件買收計画に対し異議、訴願の手段を講じなかつたからと云つて、買收計画の違法を理由に、これと別個の行政処分である本件買收処分の取消を訴求する事は何等右異議、訴願を認めた法律の精神を無視するものではない。被告主張の如き解釈は不当に國民の権利保護請求権の行使を拒む結果となり、國民の基本的権利を尊重する所以でない。仍て被告の主張は採用出來ない。
そこで進んで本件買收計画に原告主張のような違法があるかどうかを考えると、まず原告は、本件土地は小作地でないと主張しているが、証人水野志げの証言によれば原告は十数年前本件土地を將來宅地とする目的で買受け之を放置していたが、その後これを訴外梅村留三郞が無断で耕作している事を発見して詰問した結果同人より原告に於て本件土地を必要とする時は何時にても返還する旨の申出に接したので爾來その儘同人の耕作を默許して來た事実を認め得るし、原告の主張自体「原告は梅村が本件土地を使用する事を今日まで默過して來た」と謂うにあるから原告は、梅村が本件土地を使用するのを暗默のうちに承諾していたものと認めるの外なく、原告と梅村との間には当時より少くとも、使用貸借の関係が成立していたと考えなければならない。而して右梅村が現在尚本件土地を耕作している事は当事者間に爭いがない。したがつて、本件土地は自創法第二條に規定する小作地に該当し、これが小作地でないとの原告の主張は理由がない。次に原告は、本件土地は名古屋市の外廓地帶にあつて、新市街地建設の爲に利用するを相当とし、純然たる農地でないと主張するけれども、原告が提出した全証拠をもつてしてもこの点を立証するには足らないから、この主張もまた採用することはできない。以上、原告の本訴請求はすべて理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條を適用して主文のように判決した。